・異質
黒い家と甲乙つけがたい作品です。設定から人物まで恐ろしく緻密に突き詰められ、計算しつくされているため疑念を挟む余地が皆無です。一冊の本に隙間なくリアリティを詰め込んでおり、伏線の回収もまた見事です。 あまりに異質な内容なため先が読めないことこの上ない、それでいて期待を裏切らない展開の見事さに、驚きます。ホラーファンの私にとって、ワクワクドキドキを伴う一般的な恐怖とは明らかに次元の違う、精神を揺さぶるような不安と戦慄を感じました。 黒い家と天使の囀りを読んでから他の作品があまりに陳腐に感じるようになってしまったのは私だけではないはずです。
・胸に迫る、タイトルの意味
つまるところ、小説とは「嘘」なわけだが、貴志氏はこの「嘘」が絶妙に上手い。
フィクション作品はどんなに面白く読んでいても、ほんの一箇所でも「嘘」が心に引っ掛かってしまうと途端にシラけてしまうものだが、素人にも理解しやすい、絶妙な設定が説得力を増し、物語に集中させてくれる。
虫が虫であるが故の不気味さ、嫌悪感を巧みに押し出しつつも、このあまりにも切ないラスト。そして気付かされる、タイトルの本当の意味。
この不思議な読後感の良さは、まさに模範的エンタテイメントだと思う次第。
・退屈な序盤を凌げば、凄絶な恐怖へいざなわれる
探検隊がいた。探検隊は調査をしていた。日本から離れて、調査をしていた。フウウウウウム。
探検隊は、アマゾンへ調査をしに行ったのだ。
探検隊は、アマゾンの奥地で、あるものに出会った。■■■■だ。
頭部に傷を負っているそいつは、やけに落ち着いている。チェッチェッ。
探検隊は悪いしるしと考えなかった。
日本に帰った後、調査隊の隊員が、次々に自殺を遂げた。
隊員が常識では考えられない方法で自殺を遂げた。
隊員が自殺を遂げたのだ。チェッチェッ。
さすがは貴志氏というべきだろうか、思わず涙腺を緩まされた荻野のラストシーンの心理描写もさることながら、グロテスクな表現も巧みで、蜘蛛やセミナーハウスのシーンは私から食欲を奪うには十分すぎた。
本書は、専門用語が洪水のようにどっと溢れてきて、貴志氏の下調べの周到さには舌を巻いたが、専門的すぎてややついていけない感じはあった。
この小説、軽い気持ちで人に薦めるのは危険かもしれない。
だが、しかしサディスティックな私は、ホラーが苦手だと公言している女性に、本書や黒い家を薦めたい。
・発見・想像
購入してから数ヶ月間、積読状態でした。
ちょっと軽い気持ちで読むには分厚い本でしたから・・。
実際、読み始めると一気に寝る時間を忘れ読んでしまいました。
「黒い家」でも感じたのですが、登場人物に語らせる薀蓄の深さはすばらしいし、
地の文での表現力も高く、新たな発見や想像を与えてくれます。
今作でも友人の口から語られる文化論や神仏論、学者からは医学や生物学といった
多くの情報が散りばめられ、作品によりいっそうの深みを与えています。
また、今作では様々な<個性>が様々な最期につながります。
描かれている<個性>と読者がもっているパーソナリティに幾らかの一致でもあれば、
想像は肥大し、より一層の嫌悪や恐怖といった衝撃を受けることでしょう。
文句なしの星5です。
・主人公の職業に必然性があった
貴志ファンなら気にならないんでしょうけど、常に緊張感を持って読み進むには、やや長編過ぎるような気もします。主人公の恋人が参加したアマゾン探検隊のエピソードと、オタクなフリーター青年のエピソードが交互に語られ、クライマックスでようやく生者と死者として出会います。
分子生物学の知識を駆使して物語を構想するとしたら、ふつうはウィルスなんでしょうけど、この作品ではあえて寄生虫(線虫)に目を向けています。ただ「第4段階」の宿主の状態の描写などはあまりにグロテスクと思われ、映画化はしにくいでしょう。
主人公の職業がホスピス勤務の精神科医であるという設定ですが、最後の最後に「そうでなければならなかったんだ」と納得させてくれます。慫慂として死に赴くというのは、誰でもできることではありません。良薬として患者に投与できたことで、ホッとさせてくれるラストシーンでした。
そう言えば一時期、寄生虫をアレルギー性疾患のコントロールに用いるという話がありました。一見有害なだけの物質や生物でも、有効利用できる可能性はあるということでしょう。
繰り返しになりますが、ホラーサスペンスとしての至適なボリュームは文庫本300ページくらいであり、400ページを超えるとやや冗長な感じがします。