・内容は☆×5 ・・・
内容が良かったので読了後に著者のことについて調べてみました。しかし著者の思想や過去の発言はとても共感できるものではありませんでした。
・内容の希薄さにとほほ
誠実な語り口には好感が持てるものの、思いつきの論点が深く突き詰められないままさらさらと流れていくだけで、水っぽいことこの上なし。確かにこの人は理想的なまでにかっこいいクールな知識人という風貌なので、それゆえベストセラーになったんだなーと思わせる。もしこれがガッツ石松(ごめんなさい)のようなたたずまいの著者だったら、せいぜい何千部しか売れなかったのでは…
・「確信するまで悩むしかない」〜老いて「最強」たれ
誰にでも備わっている「悩む力」にこそ生きる意味への意義が宿っている事を、漱石とM.ウェーバーを手掛かりに考察した本。著者は近代化に暗雲(文明が進むほど人が孤立する)を見た漱石の炯眼に大人になってから気付いたと述べるが、ウェーバーの「合理化が人間社会を解体する」との分析が漱石に似ていると言う。経済のグローバル化や技術革新の迅速化等によって、増えつつある悩む人々へ勇気を与えようとの意図が窺える。
本書に共感を覚えたのは、過度の資本主義がもたらした「個人の孤独」や拝金主義(漱石やウェーバーは100年以上前に警鐘を鳴らした)に対して、徒に「一方的な自我」や「清貧」を叫ぶのではなく、「相互承認の中での自我」や他者と関係を持つ際の「まじめ」さ、資本主義に毒されない程度のそこそこの経済生活と言った、ある意味平凡だが中々実行困難な事を真摯に主張している点である。論考は緻密に、その結果の表現は平易にとの姿勢が好ましい。著者は上述の二人の事を"小市民"と呼んでいるが、著者も小市民の視線で論じているのである。気恥ずかしさが伴う「青春」についても「三四郎」を例に採りながら「まじめ」に論じている。私の印象に残った「stray sheep」にも的確な考察がなされている。ボードレールの詩が掲げられているが、著名なウルマンの詩とは別の意味で感慨深い。「スピリチュアル」も全否定せず、それに魅かれる人々の心を気遣う。宗教が持っている「悩みの吸収剤」的役割も評価する。働く事の意義も「それから」を題材に採って深い考察がなされる。「他者からのアテンション」と言う概念も啓発的。
漱石の愛読者である私には琴線に触れる部分が多かった。過去に漱石を読んだ方でも、本書を読了後に再読すると新たな視点で味わえると思う。私は「それから」を再読したくなった。洞察力に溢れ、読む者に知見と勇気を与えてくれる出色の論考。
・世間の反響と肩書に騙される事なかれ
TVでそれらしい雰囲気で何か言葉らしき事を口にしている。
聞けば東大教授でありTVではタレントの様に扱われて
主婦層には熱烈な支持者もおられるのだそうだが・・・
断言する。
この御仁にはそれらの反響や肩書に値する実力など無い。
例えて云うならこの御仁の知識とは少年クイズ博士が蓄え続ける
無用の知識。中身を理解せずに蓄える知識、すなわち雑学である。
その為、機に応じて何かを感じ発する感性が欠けている。
大学教授としての講義は極めて退屈であろうと想像する。
朝生等の古い報道番組等での言説をVTRで見返す時、
その内容は失笑を通り越して道化とすら思える。
在日という特異な立場を無理に擁護しようとする時に、
雑学という捉え方でしか物事を理解していないかつての青年が、
それらしい弁舌と雰囲気で語る時に
悲しき無知、愚か者がこれに追従してしまったのが姜尚中だ。
この本を清らかな眼で捉えた時、薄っぺらで妄言を吐く中年がそこに残る。
姜流ブームだかなんだか知らないがそんなものが学問に成り得る訳がなかろう。
・短絡の極み
一読してみて余りの内容の軽さに吹きました。中学生が試しにちょっと書いてみました、みたいな内容ですね。筆者は少しばかりおつむがアレなんじゃないでしょうか?もうすぐ60歳になろうって人間がこれでは情けないですよ。確かに分かりやすい平易な文章で書かれているのは良いんですが、それにしたって内容まで安易で短絡に過ぎるというのは笑えませんね。近代以前の社会は誰もが思想的には満足していて、近代以降の社会が個人の尊厳と個性を喪失させている、なんて恥ずかしい二元論を良く振り回せたものです。ちゃんと歴史を勉強したんですか?近代に入って科学の力で農業が発展したつい最近まで、飢饉の度に農村の子供は人買いに売られていたんですよ?近代に至るまで民衆がどんな形で思想的に虐げられて来たかご存知ですか? 無個性化した社会を批判するのは結構ですが、資本主義がもたらした恩恵を完全に無視して議論を進めるのには納得出来ません。先人逹がどんな思いで、人々を救おうと医学の発展に寄与したのか、この筆者は少し考えた方が良いと思いますね。人の事情も弁えずに治療するな?ふざけるなよ。 後これは単純な間違いの指摘ですが、 この地球上に「種の保存」以外の目的でセックスする動物は人間以外にいません という下り、大嘘です。ゴリラなどは時たまオス同士(!)で性交する事もありますし、その他の動物もコミュニケーションの為にセックスをする事もあります。象だって同胞の死を悼みます。カラスだってちゃんと「遊ぶ」事もありますよ。 話の大筋には大して関係はありませんが、こういう細かい箇所の裏付けをきちんとせず、議論を進める上での論拠も大した省察がなされていない事にこの本の軽さが浮き彫りになっているように思われます。 というか、こんな程度の低い本を大の大人が読んで称賛しているんですか? 別の意味で病んだ現代の日本に、非常に残念な気持ちになりました。