・ウランちゃん萌え
まさかウランちゃんまで出てくるとは!
しかも可愛い!!
……とはいえ、さすがに原作通りパンツ丸見えというわけには
いかなかったようで、作者の理性が暗黒面に打ち勝ったかのごとく、
ごくごく地味な少女の姿で出てきます。まぁ、逆に言えばその方が
かえってマニアック、なのかも知れませんが、そのあたりの話になると
アレなのでここまでにします。
ドンドコドンドコ……って、どっかの人種ナントカ団体みたいなノリの
コスチュームで、あまりにもアクチュアルというか、逆に苦笑してしまいました。
本人達はマジメにやっているだけに、なおさらです。でも、いいセンスです。
この巻でゲシヒト刑事の過去について、エピソードが開始されるのですが、
これがけっきょくハッキリしないままウヤムヤっぽくなってしまうんですね。
そのあたり、期待して読み進めると後で頭に来ますのでご用心。
後、この巻の巻末に出てくる誰かの孫の解説は読まない方がいいです。
もし彼が誰かさんの孫でなかったら、今の地位にいられたかどうか。
それと、もともと素晴らしい漫画を描いてた人だったのに、今はそれを
見下すような立場に堕落してしまっている。だから、わたしは個人的に
今のこの人の言葉には首肯し難いのです。
(かつての送り手としての漫画家・夏目房之助としてなら尊敬していますが)
・スリリングです。
手塚治虫は、映画を研究してカットやストーリーに取り入れたということを何かで読みました。浦沢氏もよく似たアプローチを行っているのではないかと今巻を読んで想像しました。アトムの妹ウランは、その愛らしさで絶大な人気がありますが、かわいらしいウランとプルートゥという姿を見せない強大な力の持ち主が出会い。この演出は実に良く考えられたものだと感じ入りました。巧みにコントラストを作り出すことによってスリル感が高まります。役者が揃ってきた感じです。
・いや、面白いんですよ、実際。これからも読みますよ、ホントに。でもね…
最近私の身近な人が『ブラック・ジャック』を読み返していて、ふと漏らしたのが、『ブラック・ジャック』って、どの話も短い! という一言。しかも短い印象がない、と…そう言えば、アトムの各編も短い。本作の原作に当たる「地上最大のロボット」もね。
ご存知の方はご存知でしょうが、西原理恵子が『営業ものがたり』の中で、「浦沢ってのは漫画と一緒で話がながいんだよ」と言って散々にコケにしています。本作の第1巻が出た頃、浅田彰もどこかでそんなことを言っていたように記憶します。確か、『PLUTO』なんて、「地上最大のロボット」を読んでおけば済む話で…みたいな、浅田らしい嫌味な言い方でしたが。
どちらのコメントも、私は文字面として理解していても、本当にはピンときていなかったのです、残念ながら。それが今回、上記の次第で「あ、そーか」体験をしたワケです。
浦沢作品って、やっぱり長いんですよ。長すぎるんですよ。逆に言えば、浦沢の他作品って、手塚が描いたらどれくらいの長さになるか、っていう問題です。
もちろん、時代が違うという答え方はあると思います。マンガの現在が、作品にある長さを要求しているような印象もあります。作品論的な問題だけじゃなく、マンガ産業論としても、読者論としても,一考に価するように思います。
しかしそうなると、やっぱり『営業ものがたり』に収められた西原版『PLUTO』(「うつくしいのはら」)の簡潔さは何とも素晴らしい…浦沢敗れたり! って感じ。
・手塚の血脈
ロボットが人間の生活に入り込み、そこで権利を得ていく……。
言わずもがな、手塚治虫「鉄腕アトム」の大きなテーマであるが、浦沢直樹は現代風にアレンジしている。
「X-men」のミュータントの思想を取り入れたのだ(X-menもアトム並に古いが、日本で広まったのは最近)。
表現も現代の映画風の演出をしっかりこなしている。これも映画に大きく影響を受けた手塚に倣っている。
おまけについては異論があるので、純粋にお話を楽しみたい人は通常版でいいでしょう。
・徐々に強まる原作の力
前面浦沢パワーで推していた1、2巻とは徐々に様相をていし
手塚治の原作の色が匂い立ちだした本巻。
『浦沢直樹は手塚治を凌駕できるのだろうか』
原作にひっぱられてアトムやウランの出番が増やしすぎずに
どこまでいけるのか今後の展開が非常に気になる。
原作ものは俄然強い浦沢氏の力に期待