・とんちんかんなレヴュー
この小説から強いてメッセージ性を引き出すとすれば、それは、逃げるな! ということだろうか。
主人公リョウによって、物語は語られる。このリョウ、という男、あまりに私に似ている。
……足元を見て首を引っ込めていれば大抵の嵐はやり過ごせるというのに、想像力がなんだというのか。
リョウは、想像力を働かせるのが苦手だ。私もまた。
この三日間で、ぼくは考えを放棄することを学んだ。ぼくが何を考えても、結局はどこにも行きつかない。なら、教えてもらうのがいい。導いてもらうのが楽だ。
この二十何年間、私は「考えを放棄」し続けてきた。私が「何を考えても、結局はどこにも行きつかない。なら、教えてもらうのがいい。導いてもらうのが楽だ」。黙っていれば、誰かが助け舟を出してくれる。何もしなくても、誰かが横から助けてくれる。
ぼくも、ぼくなりに生きていた。別にいい加減に生きてるつもりはなかった。しかし、何もしなかったことが、こうも何もかもを取り返しがつかなくするなんて。
私も、私「なりに生きていた。別にいい加減に生きてるつもりはなかった。しかし、何もしなかったこと」で、自分ひとりでは何も考えられない、決められない、行動できない、どうしようもない男になってしまった。私はいつもそれを、環境のせいにしていた。逃げていた。逃げずに生きること。現在と未来とを侵食してくる過去と、現在のなかで、目をそらさずに闘うこと。それが私に必要なことなのかもしれない。
ミステリ小説らしい、不気味なかしょを紹介する。まずは、黒猫。
猫を見つけた。毛並みの美しい、黒い猫。ぼくと目が合うと、なぜか少し近寄ってくる。その猫の、美しい緑色の目に、ぼくは一瞬惹きつけられた。が、黒猫は退屈そうな鳴き声を上げると、ぷいとそっぽを向いた。まあ、好かれるとは思っていなかった。
〈美しい緑色の目〉は、別のかたちで繰り返される。どう繰り返されるのか、それは、本書を手にとってご確認のほどを。
つぎは、子供。
子供がふと顔を上げた。ぼくと目が合う。/にこりと子供が笑った。……途端、ぼくはものすごい違和感を感じた。その子の表情が妙に分別くさく、年不相応な、似つかわしくないものに感じられたからだ。
さらに、この子は女性に、「川守! もう、汽車が来るよ!」と呼びかけられている。「川守」は苗字であって、名前ではなかろう。大人が子供を呼ぶとき、こんな呼び方をするものだろうか? この子はいったい、なんなのか。黒猫が化けたのか。あるいは、黒猫さえ、なにかが化けた、かりそめの姿なのだろうか。「川守」とは、川における渡し守か? とすれば、どんな川の渡し守か? 三途の川か? いずれにせよ、ただならぬ雰囲気を醸し出している。
伏線という視点では、序章の密度が特筆に価する。(村上貴史氏による「解説――次の一歩を」より)
私が見事だと思った伏線を紹介する。
白い花を投げ込む。/しかしびょうと吹いた海風に、小さな花は押し戻され、投げたぼくの足元にはらりと落ちた。本当に風が強い。
これは、私のカンであるが、この小説が訴えかけてくるものは、私たちが潜在的に感じていること、考えていることなどと、目をそらさずに向き合え、想像しろ、答えは自分のうちにあるぞ、という叱咤激励であるような気がする。
・残酷な形で生きる意味を問う
東尋坊でパラレルワールドに迷い込んでしまうという設定。
そのパラレルワールドでは、自宅には、自身であるリョウの代わりにサキという姉が居る。
ここまでは、ファンタジックな内容だが、もう一つの世界でリョウが見聞したものの現実の数々は、、、。
この作品、リョウという一人の人間の存在意義を嫌という程突きつけてくる。
そして、その存在意義は、あまり芳しくないのだ。
これには誰しも深く悩むだろう。
自分なんて、居ない方がマシだ、なんて考えるかも知れない。
それは、自分の分身である姉のサキの思考や行動が、自分に比べて、あまりにも適切だからだ。
最終的にリョウが感じるのは、強烈な劣等感だ。
こんなのは残酷過ぎる。
当初は、内容が面白いので、すらすらと読み進むが、終盤になると、読み進むのが辛くなってくる。
邪魔者は排除すべきという意味の「ボトルネック」というタイトルも辛い。
生きるべきかどうかが問題だという、ハムレットの様な難題に突き当たるが、本書は結論は何ら示さない。
結論を示さないのは、その答えを読者に委ねるという意味だ。
それなら、私がリョウに結論を提示したい。
過酷な体験お疲れ様。これからも自分らしく生きて下さい。
何故なら、人間の最大の仕事は、生きる事なのだから。
・読んで損はないが、結末を求めるならやめた方がいい
良くも悪くも米澤作品の特徴である読みやすさ、不思議だけどなぜか読み進めてしまう文体が特徴の青春小説です。
まず、結論としてはハッキリとした結末を出してほしいミステリー好きは読まない方がいいと思います。
自分が生きてる世界と、別世界があるかも?そこではどんな違いが起きているのか?といった、ささいな疑問を文章にする
のは非常に難しく、読みづらい作品となってしまう所を、本書では読み進めることができる・・・、しかし結末に救いがあ
るかというとちょっと難しい。
何とも勧める言葉に悩む傑作作品です。
・プロットはいいのに、リアリティが……。
「気がついたら、違う世界に飛ばされていて、
そこは、「自分がいないこと」以外は全く変わらない世界……」
という、プロットは非常に面白い。
「もしこの世界に自分がいなかったらどうなるか」
「自分が仕方ない、と受け入れていることは本当に仕方ないのだろうか」
という問題提起はとてもドラマチックだ。
だけど、そういう設定ならば、
仕掛け以外の部分では徹底したリアリティが欲しいところだ。
「もし本当にそうなったらどうなるか」を想像するのが醍醐味だと思うから。
しかしこの作品では、キャラクターの造形があまりに雑で記号的。
質の低いライトノベルのようだ。
キャラクターたちは到底、実在の人間のようになり得ていない。
そして地の文(一人称なので、主人公の語りだ)やセリフの中に、
設定や伏線についての言い訳っぽい記述が多くてうんざりしてしまう。
「こうなったのは、こうだからだ」といちいち伏線の種明かしをするから、
とても押しつけがましい上にわざとらしい。
この本の解説には、「作者はアイディアを形に出来る力量がつくまで八年暖めた」
というようなことが書かれていたが、それでも時期尚早だったのではないだろうか。
・爽やかに苦い・・・・だろうか。説明が難しいです。
高校生の主人公がもう一つの現実世界、パラレルワールドに迷い込んでしまう話です。
そこには主人公の代わりに生まれなかったはずの姉が存在します。二つの世界の差はそれだけ。しかし、積極的に問題を解決しようと努力を続けた姉の世界は元の世界と比べるべくもなく素晴らしい世界になっています。自分の存在意義に苦悩しつつ、姉と共に協力し、主人公は元の世界に帰る術を探ります。
二つの世界の差異を紐解く過程がミステリーになっており、この点においては謎解きも楽しく軽快に読み進めることが出来ます。姉のサキの明るくおせっかいな性格が作品に華を添えていますね。
しかし、主人公に感情移入すると途中から読むのが辛くなっていきます。姉がいるもう一つの世界を知れば知るほど、元の世界と比べて何もかもがうまくいっていることに気づかされ、主人公は圧倒的な無力感に打ちのめされます。
けれど、まったく救いのない作品ではありません。
ラストシーンを終えて本を閉じた後、私は主人公の選択を想像しました。そこには読み手が想像力を羽ばたかせる余地があります。ぜひ、この感覚を味わっていただきたい。
読んでいてもやもやする部分が多々ありますが、読んで損なし、と私は思います。