・第143回 直木賞受賞作品
昭和初年、東北から東京へと女中奉公に出たタキ。奉公先は赤い三角屋根の家に暮らす3人家族の平井家だった。やがて日本が戦争に呑み込まれていく中でタキが垣間見た、家族の日々を回想した物語。
日中戦争時以降の平井家の暮らしぶりとしてこの小説の中で描かれる様子は、タキの手記を現在の目で見る甥の息子・健史が訝るように、戦争を知らない世代にとっては日本史の教科書でわずかな紙幅で記される戦闘・戦場の様子とは縁づいていないように思われます。
作者・中島京子がこの小説で直木賞を受賞した以後、様々なインタビュー記事で述べているように、当時の婦人雑誌などを渉猟して読みこんだ上で構築したというだけあって、おそらく確かにこのような暮らしぶりが実際に展開されていたのだろうなと思わせるだけの説得力をもって迫ってきます。
またやさしい温もりを感じさせる文章は大変好ましく感じられました。今に比べればずっとゆったりと時間が流れていた時代、そこに生きる人々のテンポのようなものがその文章によって巧みに映し出されているように思います。
しかし、女中さんのようにちょっと遠くてちょっと近い存在である人物の目を通してある家庭の暮らしと秘密を回想するという小説はこれまでもありました。小川洋子は『博士の愛した数式』や『ミーナの行進』でそうした物語を見せてくれましたし、北村薫の三部作『街の灯』『玻璃の天』『鷺と雪』も似た設定です。
そうした作品に引き比べると、この『小さいおうち』は描かれている物語が若干大人しいと感じます。『博士…』のような奇抜な着想があるわけでもありませんし、『街の灯』三部作に比べると社会的メッセージの強さはさほど感じられません。
また、平井家の秘密の内実が予想のつく範囲にとどまっているように思われ、驚きを感じるまでには至らなかったのです。
・戦争を直接描かない反戦小説としても、読み応え十分。
小説家になるべくしてなった作者の、文句なしの(だよね?)直木賞受賞作。
たくらみのある小説の構造、資料を丹念に読み込んだ上に創り上げた物語の魅力、細やかな筆致。小説を読む楽しさを存分に味あわせてもらいました。
第2次大戦前から戦中、戦後にかけて、東京山の手の中産階級の家庭に奉公していた女中タキが、晩年に当時の思い出を手記として残そうとする。読者は大学生の甥っ子だけ。最後の章だけ、その甥っ子の視点で書かれています。
タキは、山の手大空襲の前に郷里に戻り、勤労動員先から推薦で疎開してきた子供たちの賄い婦になります。空襲、機銃掃射、なにも体験することなく戦後を迎えたため、小説も戦争の惨禍に直接触れる描写はありません。それでも、庶民の日常の小さな楽しみ、悦びを奪い、一番大切にしていたものをあっけなく強引にこの世から抹消してしまう戦争の悲劇は、十分に伝わってきます。奉公していた家が心配で戦後すぐに上京し、焼け野原の中で僅かに残った玄関のポーチにひとりしゃがみこんでいたタキ。手記を読んでいたときには、生命力のある素直で働き者の女というイメージだったタキですが、最後の章で、彼女が深い後悔に捉われていたことが明かされます。どんなに後悔しても後悔しきれないその想いが、奉公していた過去の日々をますます輝かせるのです。
星5つつけといて、重箱の隅をほじくりかえすようで恐縮ですが、読んでいる間読書の悦びに浸った本作なのに、あんまり再読したいとは感じません。私は感動すると、暫く時間を置いてからもう1度読み返すことが多いのですが。たとえば小川洋子氏の、「ミーナの行進」。神戸の富裕な実業家の一家を、居候の少女の視点で描いた小説ですが、筋はもう十分分かっているのにやはり2度目も魅了されます。ページを開いた途端、香しい物語世界が立ち上ってくるようで。漱石の「明暗」、宮元輝氏の「幻の光」、ドフトエフスキ、その他たくさん。こんなにおもしろい小説なのに、それが本作にないのは、なぜなんでしょう。最後にちょっと種明かしめいたことが語られているからでしょうか。ベテランと新人の違いでしょうか。なんだか違う気がします。何故か自分でも分からない。
・昭和前期って好きなんです。
昭和初期のモダンな都市文化に興味があるので読みました。
すごくよく調べてあるのでしょう
戦前の暮らしや雰囲気がとってもよく出ています。
最後のオチもうまくできてると思いました。
ただ人物にリアリティがないですね。
忠実な女中、美人でやさしく上品な夫人、少年っぽい純粋な青年、
理屈っぽい婦人記者、俗物の姉に、好人物の夫。
ってなんか役割を振られた人形のようで
どの人にも陰影や深み、必然性が感じられません。
文学としての充実というより
時代考証を楽しむ小説なのでしょうが
それだったら私には
実際にこの当時に書かれた小説や写真などの方がはるかに面白いです。
ていねいで感じのいい作品ですが1回読んだらもういいかな。
・やはり直木賞受賞効果で読みました……
わたしはミステリ好きということもあってか、最終章で物語を多面的に見せる構成に惹かれました。全編を通じて良質な肌触りが感じられるような物語でした。
なぜか『母べえ』のキャスティング(奥様:吉永小百合、女中:檀れい、書生:浅野忠信)で山田洋次監督で映画化された作品をちょっと観てみたくなりました……。
・読み手次第で価値の変わる作品
至極の佳作の小品と称したい、すごく微に入り細に入り創り込まれた作品です。
劇的な展開も、意外な伏線も、際立った登場人物もいません。
悪い意味でなく、読める展開で、その展開をゆっくり味わう感じです。
芥川賞受賞作と言われても、違和感のない出来ですし、へぇ直木賞なんだぁと最近の傾向からしても、驚くくらい。
決して難解でも何でもないので、誰が読んでも、十分楽しめます。
でも、この作品は、いわゆる戦前というか戦争から遠かった昭和から戦中の歴史や知識がないと、完全には味わえないでしょう。
とりあえず、明らかに参考作品として触れていないのが不自然な小林信彦さんのこの時代を舞台にした作品や斎藤美奈子さんの「戦下のレシピ」、それと昭和史年表くらいは目を通しておくとよいでしょう
舞台としては北村薫さんの「蒲生邸事件」やベッキーさんシリーズと同時代なのですが、北村さんの作品が舞台として上手く描いているのに対し、この作品では舞台というより作品の中身そのものですから、それがないとラストで明かされることの気持ちも十分につかめないでしょう。
ここまでのレビューでも、これでもかと盛り込まれた時代を伝える描写への言及が殆どないですから、まぁ軽く読み飛ばされたのだろうなぁと思いました。ラストの”オチ”で賞を取ったわけでないのは、直木賞の選評読めば分かるはずなのですが。
まぁ、小さな宝石を散りばめた刺繍の豪華さに気付かず、綺麗な刺繍ですねと褒めるのも、また御見識ではありますが。
ただ、それなら、この作品がわざわざ舞台を戦前の日本にする必要はないのですけどね。
唯一難を言えば、主人公の甥は、ラストを成立させるのに必要なのは分かりますが、頭の悪い大学生にしては不自然に昭和史・戦史に詳しいのは鼻につきました。あれは、ヘンに戦争とか平和を語る人達への批判なのですかね?途中とラストで全く人格から違うのはあまりにリアリティを欠くなぁと。