・歴史のバランス
日本の歴史は、勝海舟の頭脳と坂本龍馬の行動力が重なり合うことにより、加速度を増すことになったのだと実感させられた。もちろん、坂本龍馬に彼にとって斬新な考えを持つ勝の言うことを受けとめる柔軟でとらわれない心があったということがここに幸いしていると思う。
参照:http://pios.client.jp/article/2010feb/20100304.html
・いろんな意味現在の竜馬像はここから始まった。
現在の龍馬像を確立した作品です。
内容は大変面白く、幕末の通史がこの作品でかなり分かりますし、史実に対する調査も相当なもので、読む価値の高い作品だと思います。
この小説のインパクトが凄すぎて、竜馬の実像のように思われる方も多いと思います。
しかし、作者の司馬さんが「龍馬」を「竜馬」と書き換えているように、これは司馬さんの語る竜馬です。
また、司馬さんは人物の好き嫌いが激しく、嫌いな人物に対しては容赦なく書いていらっしゃいます。
これは、あくまで司馬さんの主観ですので、その人物に対する歴史的評価ではありませんし、読んでいくと竜馬以外の人物は全て小さな人物と思ってきてしまいます。
なので、この本だけで龍馬や幕末を語っている人は、やはり偏っている気がします。
ただ、それだけ司馬さんが書いた竜馬は面白く、インパクトがあるのだと思います。
龍馬に興味を持ったら、この本だけでなく、様々な龍馬本を読み、幕末を知る事をオススメします。
大河に取り上げられ、またまた龍馬が注目されていますが、司馬さんがこれを書かれてから半世紀近く経っており、新しい史料も多く見つかってきました。この竜馬と実際の坂本龍馬を一緒にはしないほうが良いと思います。
若干、批判的になりましたが、小説としては大変面白く、生き方に影響を与える本であることは間違いないと思います。未読の方は絶対読んだ方が良いですよ。
・歴史ものというよりは・・・
ドラマを見て、たまらなく読みたくなりました。
ドラマ以上に面白いです。
史実に忠実というよりは、エンターティメントに徹した作品です。
・青春小説
司馬遼太郎の本質は歴史小説作家ではないのではないかと、最近思い始めている。批判しているわけではない。ただ、こう考えると歴史作家としての彼への過剰な評価に今まで何か吹っ切れなかった思いがしていたことが、自分なりに腑に落ちるのだ。彼は「青春小説」作家なのだ。題材として歴史を舞台としているが、その主人公たちの多くは若き青年であり、ほとばしる野心や、夢への渇望を抱えてそれぞれの時代を駆け抜けていった者たちだ。「燃えよ剣」「峠」「坂の上の雲」「胡蝶の夢」「箱根の坂」…、そしてその原点にあるのがこの作品だ。後年、司馬史観とまで言われるまでに歴史そのものを語り始める司馬遼太郎だが、「日本史が所有している青春のなかで、世界のどの民族の前に出しても十分に共感を呼ぶにたる青春は、坂本竜馬のそれしかない」間違いなく「竜馬がゆく」を書いていたときの彼は「青春」を描いているということを自覚していた。史実上の龍馬の実像をどれだけ捉えているかは議論があるだろうが、司馬遼太郎の描いた「龍馬」ならぬ「竜馬」は間違いなく過去現在を問わず、誰もが否定しようのない「青春」そのものに違いない。こんなにも快活で、こんなにも行動的で、こんなにも愛された男が、かつて歴史のまっただ中にいたのだ。ラスト近くに文字通り「竜馬がゆく」と書かれた部分を思い出すと胸が熱くなる。私が読んだのは、じつは30年以上も前だというのに。
・「少しづつ見せる大物の片鱗」という描き方
「竜馬がゆく」の中で、司馬遼太郎は最初から最後まで坂本竜馬を見どころのある男として扱っている。幼少時代から、彼は後に時代を動かす男へ成長することを、読者にずっと伝えている。
その手法により、読み手はどんな場面においても、安心感を持って竜馬を見守ることができ、その行動が定石の行動と大きくかけ離れていればいるほどに、楽しみを覚え、少しづつ見せる大物の片鱗にワクワクしてしまう。
そこには「この人は大きい事を成す人だ」という期待を持って、数々のエピソードを見守っていく楽しみがあるのだ。
後世に書かれた歴史小説。「実在の人物」と「書き手」の時間を隔てたその距離感が、その描き方を可能にする。
確かに竜馬は変わり者で、人と違う事を成した。魅力の欠片は、歴史の資料に見てとれる。しかし、司馬遼太郎の手によって、竜馬はいい男となった。という面も否めない。「竜馬は大物であった」という確信を伝え続ける文章によって、竜馬は世間にいい男として広まったのだ。
史実と作家の力量の2つが、絶妙なバランスでこの本の中にある。その辺りを冷静な着眼点で読んでみるのも面白いかもしれない。