・なんだこの書評は!!
米原万里さんはずっと好きで色んな文章を読ませてもらっていた。
彼女がなくなったと聞いたときどれほど悲しかったことか。
不覚にもこの書評には涙した。
これは涙できるという稀有の書評だろう。
とくに文章としては比較的落ち着きを装いながらも病への焦りや不安その途方もない重圧をみた気がする
日本は本当に惜しい人を亡くしたと思う。
解説にも(確か)指摘されていた通り、この本を通読するだけで様々な知識が得られると思う、とくにロシアの。
基本的には普通に生活をし、普通に過ごしていれば出会うことなどなかったであろう本にたくさん出会えます。
そしてなにより、彼女が書いた本はどうしてこれほど魅力的ににみえるのでしょう?そんな実感が渦巻きます
買いたい本が増えてしまった。
彼女の文章には優しいまなざしがあった。
批判の際でも。
彼女の文の魅力は、彼女自身の人生と生活に裏打ちされているからか
本当に魅力的な人で、彼女の生の一端がこの本に凝縮されているといっても過言ではないと思う
・「評者の精神の輝き」が漲る本
この本は確かに「書評集」なのですけれど、それ以上のものを感じます。
井上ひさし氏は「解説」で、「評者と書物が華々しく斬り結び、劇しくぶつかって、それまでに存在しなかった知見が生まれるとき、それは良い書評になる。」と語っていますが、まさに「評者の精神の輝き」が、どの書評にもあって何かが訴えかけてきます。
そこには、米原万里と言う「本」を愛してやまない人間がいるからです。
そして、それは1日に7冊を読むと言う速読の名手であり、通訳と言う職業柄、幅広いジャンルの本を手にしているからこそ、広い視野からの「評」が出来るのでしょう。
後半になると「癌」との闘病生活を窺わせる本の「評」が多くなりますが、そうした病気との闘いを感じさせない「力」が文章に漲っています。
もっと多くの「本」の「評」を書いて欲しかったなあと言う思いがしてなりません。
・打ちのめされるようなすごい本
いやはや、ご紹介本というよりは、この本の存在そのものが不思議空間にあり、夏休みの楽しいキャンプへ出かけた先で、この世のものとは思われない怪物に出会ってしまった少年のようになってしまう書物です。ぜひ一読をお勧めいたします。
・ああ、こんなに生きのいい書評集があったのか!
好奇心の赴くまま、自由に、のびのびと、本の世界を旅する米原万里(よねはら まり)。著者の本は初めて読んだのですが、「ああ、こんなに生きのいい書評集があったのか」と、これはもう、実に心躍る一冊でしたね。その本の魅力を鮮やかに伝える評言の的確さもさることながら、何より、対象におもねることのない著者の真っ直ぐな視線、率直な物言いが清々しく、素晴らしかった!
2001年から2006年にわたって、月一度のペースで『週刊文春』に掲載された書評を収めた「第一部 私の読書日記」。1995年から2005年にわたる十年間の、著者のほぼ全ての書評を収録した「第二部 書評 1995〜2005」。以上の二部構成になっています。アメリカやロシアといった超大国が引き起こした戦争の悲惨さ、おぞましさに対する著者の怒りが刻印された「世界を不安定にする最大の脅威」(週刊文春 2004/2/26)、「世界から忘れ去られたチェチェンという地獄」(週刊文春 2004/9/16)の二篇が、とりわけ強く、印象に残りました。
巻末、「わたしは彼女を狙つてゐた」と題された丸谷才一の文庫版のための解説もいいですねぇ。汲めども尽きぬ本書の魅力を言いとめた次の文章など、ぽんと膝を叩きたくなりました。
<これはほんの一例にすぎないけれど、とにかく米原万里は無類の本好きであつた。本好きといふことが書評家の根本的な条件であることは繰返すまでもない。何しろ彼女は、スターリンをきびしく弾劾したあとで、彼が「激務の合間に一日五百頁を読破する読書家」であつたと書きつけ、ほんのすこし、しぶしぶ、好意を寄せるくらゐの読書人だつた。自分と同じやうに本好きだと知ると黙つてはゐられないのだ。> p.570
・米原さんの本棚
「オリガ・モリソヴナの反語法」が強烈な印象だったので、次にこの本に進みました。あのような凄いスケールの小説を書いた女性の本棚を覗きかったのです。この本は、基本的に、米原さんの書評エッセイ集ですが、穏やかな文体でロシア政治・経済・歴史書から非常にくだけた文学いや自分の闘病生活にまでに言及していて、超硬派を期待していた自分には、やや意外感がありました。しかし、新しいジャンルに光を当てて頂いたことには感謝です。身構えずに等身大の米原さんの本棚を眺めてみましょう。