・この頃の綿矢りさは輝いていた
学生時代、心を開いて同級生と打ち解けることが出来ず、
大なり小なり、どこか冷めた目で傍から観察していたような人、
日陰で青春を送った人に支持を受けているように思います。
周りから受け入れてもらえず心が「痛い」、
ちょうどいい言葉が見つからず「もどかしい」、
同じようなクラスの余り者が、まるで自分を見てるみたいで胸が「痛い」、
でも親しい人への痛みの伝え方も、自己防衛の方法も分からない。
答えは「子どもだから」。
そういう思春期ならではのヒリヒリした痛みが伝わってきて、
そこに共感できた人はこの作品に大賛成している。
そのまま行くと陰気な小説になっただろうから、
ちょっと「にな川との恋愛もまんざらでは無い感じ」にして甘酸っぱく終わるかんじ、
それは成功だったと思う。
自意識過剰の余り者どうしがくっつくことは絶対無いと思うけど
・さすが、今の若者の小説
綿谷りささんが最年少で芥川賞を受賞した作品です。
もう、これだけで読む価値はありますが簡単に感想等書きます。
まず、これは普通の恋愛小説や青春小説ではないです。あまり書くと読む面白みがなくなるので書きませんが、一人ぼっちと一人ぼっちが出会いその中でどんな感情を手に入れていくか、という物語です。
そして、描写がとても若いです。新しいともいえます。とても生き生きしていて、読者の感覚も研ぎ澄まされていくようです。ただ、その新しさ故、他の文学作品に比べ軽く思われるかもしれません。ただ読みやすいのも事実なのでライトノベルなど好きな方はこちらから文学作品に触れていくのもいいかもしれません。
若者二人を瑞々しく描いた作品です。二人はとても可愛くて若者特有の危うさを抱えています。意地っ張りだったり、遠くのものを見つめていたり…
そんな二人はきっと皆さんも可愛く映ると思います。
・文学作品としては○ エンターテイメントとしては……
リアルな女子高生象に的を得ている作品。
それも、孤立した女子高生の心情が非常によく現れている。
ただ、読み方によっては理解されない作品であることも確かだ。
タイトルにもしたように、文芸作品としては非常に勉強になる作品だろう。
書くのが甘いというのではなく、この作品の優れた点は
小説の形式美を打破し、新たな形式を作り出すその芸術性を孕んだ点にある。
変わった作品、しかし、心情はよく描かれているし、小説の「承」である
言い回しの巧みさが見て取れ、今後が大いに楽しみな作者である、
しかし、物語を起承転結で表すならば、感情曲線が平坦な作品だといえる。
良いところ中の上キープで、おもしろいが際立って面白くもない。
そして、つまらなくもない。形式美にはまってないからこそ、
書ける作品ではあるが、エンターテイメントとしては評価は☆☆☆だろう。
ただ、文芸作品としては間違いなく☆☆☆☆☆。
物語の視野は狭いが、女子高生の心情では蹴りたくなる背中というタイトルを
表現するために一冊書き上げた作者の書き力に目を見張る。
小説は自由であるからどちらの好みもあるため、万人に好評価は得られないだろうが、
個人的には物語にもっと抑揚のついた作品であればもっと楽しめたと私は思う。
・新鮮な表現の数々
「余り者も嫌だけど、グループはもっと嫌だ」というハツが、同じようにクラスで浮いている、ファッションモデルに夢中のにな川に魅かれていくお話。
少々変わった設定とは言え、他愛のない初恋物語をきらめかせているのは著者の表現が新鮮だからだ。「醤油を瓶ごと頭にこぼしてしまったかのような重く長すぎる前髪」「ミッキーの顔の部分のパーツがない」ジグソーパズル、「濃縮100%の汗」などなど、読んでいてはっとさせられる。
シチュエーションとその意味するものの関係も印象的だ。オリチャンとハツが出会う場面は「この人たちの仲間になれるかもしれない」と思い、もののけ姫でなくなってしまったと気づかされた場面。
そしてラスト。にな川の背中に足指を押し付けるハツの「はく息が震えた。」は白眉である。
・言葉で表現しきれない感情の塊
ハツは高校一年生。中学のときの親友だった絹代はグループに入ってしまって、ハツはクラスで浮いている。クラスで浮いているもう一人、にな川は、雑誌のモデル、オリチャンのファン。無印の店でオリチャンに会ったことがあると言うハツから、もっと情報を聞き出そうとするにな川とハツ、孤独な二人の奇妙な交流が始まる。
ティーンエイジャーの居場所のなさ、清冽なやるせなさ、鋭敏な感情の動き、観察眼といったものを、突き放すでもなく、それに浸りきるわけでもなく、絶妙な距離感で、淡々と描写していくのは、つい最近までティーンエイジャーそのものだった綿矢氏の目線のするどさでしょうか。大人になる一歩手前の少年、少女の言葉で表現しきれない感情の塊のようなものを、うまくつかみとっています。