・着と著は「異体字」だったのか
別の字だと思っていた字が「もともとは同じ字」である異体字であることにびっくりしました。たとえば、「着」と「著」。中国語で簡体字では「着」なのに、繁体字では「著」である事情がようやくわかりました。他には「宍」と「肉」。両字とも音読みが「にく」で訓読みが「しし」だそうです。これじゃ、ユニコードやビスタが準拠するJIS2004が苦労するのも頷けます。【2009年9月16日追記】今幸田文著『みそっかす』を読んでいます。そうしたら、驚いたことに、着物を「きる」という部分の表記がことごとく「著る」とかかれてありました。ここでも、着と著が異体字であったことが確認できた次第です。
・内容要約・漢和辞典
内容を要約します。
異体字というものがある(1章)
新字体は実は明治時代から使われ政府機関でもお墨付きをもらっていた、だから新字体はアメリカに押し付けられたものではない(2章)
人名の異体字は面倒(3章)
デジタル化で出てきた問題(4章)
旧字はかっこいい(5章)
これだけ分かればもう十分です。
あとはデザイナーが漢和辞典の簡易版として使うのがいいかと。
デザイナーがですよ、日本語学者は使うべきではないでしょう。
それ以外の使い道なし。
私も1章で挫折しそうになりました。
・小学子供辞典のレベルですね。
難しい漢字がられつしてあるので、一見小難しいもののように思われますが、
その実は単なる小学生レベルの字引程度のものでしょう。
扱ってる字が多いだけで、正体字というのはこういうものです。
昔の(戦前の)小学生はこういう字を苦もなく使っていたというだけの
お話でしょう。
今の小中学生の漢字力の低下は、間違いなく戦後の文部省の国語改悪の結果でしょうね。
ここで著者が言うがごとく、正体字を略字にして、覚えやすくなったとするなら
昨今騒がれてるような小中学生の漢字力低下はおきてないはずです。
JISの委員会に関係のある方だというらしいので、著書でふれられる内容に限界が
あるんでしょうね。
なぜ略字(常用漢字)が生まれたか、日本人は黒船をみて、自分たちの知能が劣っている
のは、表意文字(漢字)を使っているせいだ、西欧のように表音文字(ひらがな、ローマ字)を
使わないとおいつけない。
と勘違いしたからです、今から考えたら馬鹿馬鹿しいですけどね。
昔の日本人は本気でそう考えたわけです。
常用漢字というのは、漢字廃絶のための一里塚であったわけです。
・この本はダイジェストだ
本を作るには規範的(normative)な立場と記述的(descriptive)な立場がありうる。この本は記述的な立場で作られているのだろう。事実を提示して規範は読者にゆだねるのである。したがって著者の主張はない。ただし読者の多くは著者の主張を期待するのは当然だとおもう。
JISの制定についても記述的な立場で事実をあげ、規範は各委員にゆだねるという手順で制定されたのだと想像する。規範的な立場で作られる方が危険な気がする。
この本は本当は数倍の原稿があって決められたページ数に納めるために割愛しすぎたのではないだろうか。ダイジェストを読んでいるようなそっけなさを感じる。異体字の根拠も提示されていない。3分冊ぐらいにしてもっとていねいな解説をしたものを望む。実例の図版も欲しい。
一般の読者にはおもしろさはわからないかもしれないが、文字の研究者にとっては、この本に提示されたものについて根拠を挙げて検証していけば、数冊の本ができあがるネタ本として実に便利である。
個人的には★★★★★をつけたいところだが、次の企画に期待してひとつ★を減らしておく。
・ただし、一般うけはしないだろう。漢字オタク向け。
體→体、處→所、聲→声など、現在の漢字の表記は簡略化が進み、読み書きがたいへん楽になっている。しかし、「弁」は辮、辨、辯と3つの漢字をかけもちさせられているため「弁当」「弁論」「安全弁」など、全く関連のない意味に「弁」の字が用いられている。こういうことを考えると、「簡単さ」だけを目指していくのは問題であると感じた。ほかにも、漢字に関する「矛盾」が盛りだくさんに記述されており、漢字についての見識を深めることができる。少々マニアックすぎるが、個人的には★★★★★をつけたいところだ。