・日本の社会保障の"不都合な事実"「貧しい若年層から豊かな高齢層にカネを流している」
漸くまともな経済政策議論のスタート地点に辿り着ける、そのような所感を抱いた。著者の功績は非常に大きい。結論は単純で「経済成長が必要」ということであり、何故これまでの論者がその明白な事実を指摘してこなかったのかが寧ろ不思議だ。いつ誰が言ってくれるのか待ちくたびれていた!
妄想に近い仮想敵(例:市場原理主義や新自由主義)を拵え上げ嬉々として総力戦に突入している人々は、その不毛さに早く気づいてくれないものか。問題は、己自身の実態と世界情勢から眼を背ける我々自身にある。事実、太平洋戦争開戦時もそうだったではないか。
○日本は理論闘争が多過ぎ。プラクティカルな工学的発想や実証研究こそ必要
○90年代はメディアも社会党も労組も、政治的閉塞を打破する規制緩和と市場原理を支持していた
○好景気はダメな企業を人手不足で淘汰する
○日本の税制は正社員を優遇し過ぎ、特に退職金を盛大に優遇するから労働者が安定職にしがみつく
○日本のメディアは不況を喜び過ぎ、アメリカの大不況で異様に興奮している
○「反貧困」の湯浅氏は実は増税論者、中間層の増税アレルギーを恐れて黙っている
○日本の専門家には「自分の頭で考えて問題を解決する能力・経験」が乏しい
○実際に格差が開いている若年層の大半は、なぜか格差拡大を悪いと思っていない
これだけ箇条書きにしても、本書の功績が大きいのが分かる。これまでの経済論戦にいかに無駄が多かったことか。。
70年代のイギリスも90年代初頭の北欧も、当時は見る影もなく沈滞していたのだ。現実を直視して、目前の課題から逃げずに正面から取り組めば、必ずや日本経済は成長軌道に復帰できる。それを決して忘れてはならない。
・日本は、経済成長率2%程度を維持しなければならない理由がわかる本
日本経済の状況と貧困の問題等についての対談集。
その中で、なぜ経済成長が必要なのか、明確に説明されている。
そもそも人間は、新しい知識を身につけ、技術を開発して、成長していく。
その潜在的な成長率は2%程度だという。
簡単に言えば、今まで車1台つくるのに100人が必要だったら、
翌年には、車の性能が1%改善し、さらに99人で作れるようになるのだ。
もし、経済成長率が1%だったら、一人分の仕事がなくなってしまう。
戦後日本は終身雇用制度を維持しながら発展してきたというが、
「終身雇用」は、その要因ではなくて、単に成長率が高かったから解雇する必要が
なかったことによる結果である可能性もあるのではないだろうか。
近年は1%程度しかないので、当然雇用が維持できず、貧困問題にもつながっているのだ。
貧困問題を考え、最近の経済論戦を理解するために、とても参考になる良書だと思います。
なお、2%成長率の話は、勝間さんのBookLovers No.232号のPodcastで
飯田氏が自ら解説されているので、それを聞くことをお薦めします。
・経済成長ができれば苦労はない
世界中が(日本を除いて)驚くほどの成長を達成した
21世紀初めの8年間に何が起きたか?
資源争奪戦である。
あの成長が持続不可能であることを示している。
世界経済の成長余地は著者らが信じるより
小さいのだ。
そして、IPCCレポートを信ずるものなら
いま無邪気に「成長」を語ることなど出来ない
ことも指摘せねばならぬだろう。
著者らは世界の科学者が一致して警告する
気候変動の危険を絵空事と思っているらしい。
技術の進歩でこれら全てを乗り切れる?
グリーンニューディールがあるじゃないか?
まともな科学者はその点で非常に悲観的なのだ。
石油に代わりうるエネルギー源はない。
核融合とか宇宙太陽光発電とか御伽噺はやめてくれ。
「成長が全てを解決する」
という経済学のドグマは正しい。
それを分かりやすく解説しているから☆4つ。
しかし、問題は資源・環境制約なのだ。
成長戦略を取りたいが、それは不可能なのだ。
地球の有限性に対する考慮がゼロなのに驚く。
経済学者とはそのようなものなのか。
それを差し引けば☆ひとつの評価である。
・ツールとしての経済学、経済成長は競争だけで実現されるのではない
昨今の新自由主義や格差、貧困、不平等の問題をめぐって、資本主義や、経済成長主義が批判される事も多くなってきた。本書の書名はそれに対して経済成長の必要性を認める事を前提したものに見える。実際その通りである。後書きにも本書のメッセージは一貫して経済成長が必要である事とされている。だが同事にこの書名は経済成長が必要という事を手放しに肯定するのでも押し付けるのでもなく、しばしば見られる疑問や批判に誠実に説得的に答えようとする姿勢が見える。実際その通りである。本書は経済成長が結果的に底辺に追いやられている人を救う事にもなる、いやそれは誰にとっても有益なものになりうるという事を主張する。
私は正直この著者の顔ぶれで経済成長の必要を説くような書名に初めいくらかの疑問を持った。なんとなく平等主義的な左派は経済成長や競争を批判する傾向が強いイメージがあったし経済成長が必要なんだよと頑固に説き競争に動員するような人はむしろ反平等主義的な人が多いようなイメージがあったからだ。しかし本書の実態はそんな偏見からの違和感とは無縁であり、一貫して平等主義的な色彩、機能する分配への意志が見られ、一部で話題のベーシックインカムにも極めて好意的な評価がされる。本書の主張は経済成長が必要なので皆バンバン働いて競争しろといった新自由主義的なものではなく、経済成長の恩恵は確かなものであり、経済成長は必要だが同時に分配や平等も欠かせない。両方やりましょう、という話である。
このような主張は新自由主義とそれに対抗する立場のいいとこ取りないし、どっちつかずに見えるかもしれない。著者の内の中心人物である経済学者、飯田氏はそれに関連して新自由主義、ハイエク、フリードマンといった経済学の立場と、ケインズのような立場を安易に対立するものとして二項対立的に片方の肩だけを持つ事は賢明ではないと言う。現在論壇の多くで交わされる経済的な議論は純粋に経済学的な議論ではなく、経済理論的な、もっと言えばイデオロギー的な対立に終始しており、この状況では経済学は本領を発揮する事が出来ないらしい。というのも飯田氏によれば経済学は価値判断や思想よりは、目的達成のための手段の理論、ツールとしての役割に特化した学問であるからだそうだ。著者によれば新自由主義的なハイエクと社民主義的なケインズは対立も矛盾もしていない。ただ景気が悪く社会が風邪をひいてる時は無理に競争させず薬を飲んで(ケインズ)調子がいい時はバンバン競争して成長しよう(ハイエク)という状況に応じた使い分けをする事が賢明なのだ。…といった事が語られる。だから飯田氏は今はニューケインジアンだが景気などが変わればコロリと立場を変えうるとも堂々と述べる。このような飯田氏の主張は全面的に正しいとは言えないのかもしれないが、兎にも角にもケインズとハイエク・フリードマンは真っ向から対立し相成りえないというイメージに囚われている人には本書はなかなか刺激的で新しい観点を与えるものになるだろうし、分配問題、平等問題について考える際にも有意義な本となるだろう。
尚、当サイトの著者の並べ方では芹沢氏が中心ないし全員が同じくらいに活躍する対談本かのような誤解を与える可能性があるが、実際は飯田氏が芹沢氏、岡田氏、赤木氏、湯浅氏と順々に対談し最後にチキ氏を交えてまとめるという、飯田氏中心の対談本と言うべき内容である。
・地球の有限性を、視野に入れていない
経済成長って何で必要なんだろう? (SYNODOS READINGS)
緊急避難的に、という限定があればもう少し評価は高くなると思うのですが・・
以下の点をどのように考えるのかが議論されていないので★二つです。
1)地球環境・資源が有限であるという認識が欠如しているのではないか?
2)しかも、60年代からこれまでのようにG8のような数カ国だけが、他国を「大消費地」=マーケットと位置づけて経済成長を謳歌してきた時代ではないことの認識も見られない。
上記2点を視野にいれたうえでも、「2パーセント台の”右肩上がり”を維持していく」というのだろうか。
むしろ、右肩下がりでもどのように持続していけるのか?ということに向き合わなければならないのが「今」なのではないか?
あとは「コミュニティ」への冷笑的態度は、どうしてなのだろう?
そこに暮らす人たちの声を反映したビジネスを立ち上げることで、雇用機会が生まれたり、新しい技術の萌芽になっていくと思うのだが、情報の循環の基盤としての人のつながりというものをあまりにも捨象しすぎているきらいがあります。
コミュニティについての言説は、「昔に帰れ」的な懐古趣味ばかりではないと思いますが。