・テレビゲームは無害?有害!
テレビゲームは我々を管理するために体制側が作り出した陰謀の道具である
世界は陰謀に満ちている。同性愛に関して学校で教育することは子供たちを同性愛者にするための洗脳であり、政府はクレジットカードやインターネットの履歴を収集することで人々の行動をデータ化している。
ゲームも陰謀の一端を担っている。「体制側は子供達を幻想の世界へ繋ぎ止めておくため、外国へ派兵された時にためらいなく敵を殺せるよう訓練するためにゲームに投資する。あなたは自分や子供達が自由であると思うだろうが、それは既に洗脳されているということであり、軍隊や殺人者のメンタリティを許容しているということだ」と曳地康先生は語る。
ゲーム世代の人々はゲームに訓練された「兵隊達の世代」。ゲームは子供達の感性を摩滅させ、殺人を楽しみに変え、相手が何であろうととにかく殺すことが賞賛される。子供達は知らず知らずのうちに体制側を守る兵士として武器化される。
人を攻撃的にするホルモンのスプレーを噴射してゲームを遊ばせるような実験が既に行われている。
軍隊によって宣伝のために作られたゲームは実際に存在している。『アメリカズ・アーミー』がそれで、武器の扱いから怪我の治療までが再現されている。ゲームで衛生兵の訓練を受けた人が現実の事故で重傷者に応急処置を施したというエピソードもある位にリアルなのだ。だが、ゲームを遊んだからといって軍人になるわけではない。ゲームと心の関わりは未知数の部分が多く、影響があるとも言い切れないだろう。
テレビゲームは有害だと思う根拠が頂きたいなら読みなさい
・ゲーム肯定派から書かれた本であることを認識してください。
まず、本書で言うゲームとは「ビデオゲーム、テレビゲーム」の事です。 ビデオゲームとはファミコンやプレステの様なテレビに映像が表示され、手元のコントローラで操作するタイプの物です。 ボードゲーム、カードゲーム、サッカーなどの競技のことではありません。
感想ですが、ゲームは教育に役に立つと言う意見には賛成です。 しかし、昔ながらの教育と比べると密度が低いと思います。 テレビと同様に教育には役に立つと思いますが、補助教材としてテレビゲームを用いる事には賛成します。 テレビと同じで見過ぎ、やり過ぎは時間の無駄につながると思います。
・テレビゲームは悪者ではない
本書では、テレビゲームで勉強できる、ということを説明している。
「テレビゲームは遊ぶもので、教材ではない」と私自身思っていたが、本書を読んでゲームをやると、こんなことが勉強できるのかと驚いてしまった。
本書で扱っているゲームはほとんど、普通のゲームである(ただ、欧米系のゲームが多い)。教育用に作られたわけではない、市販のゲームで子どもたちは毎日勉強しているのだ。
・ロック音楽が子供の心を壊すといわれたとき、我々は違うとわかっていた
長い間、テレビゲームは「悪いもの」とされてきた。良い面も沢山持っている。親や教師に送る「ポジティブな」ガイドブック。
本書は、まずテレビゲームについての懸念を示す親に対し、それらの原因となる害悪論の問題点、それが発生するメカニズムを示し、続いて、実際にゲームをやっているときに、プレイヤーがどういうことを考えているのか、どういう長所があるのかを示す。そして、最後に、それらを踏まえた上での付き合い方について提案をする、と言う構成。
本書の場合、アメリカで発行された書の翻訳と言うことで、日本とは事情の異なる部分は多くある。ただ、その辺りを差し引いても、本書を読んで参考になる部分は多いだろう。
親の世代が「ロック音楽」などを通じて新しい価値観、文化を作り出していたように、子供たちもまた、ゲームを通して独自の文化を作り上げている。ゲームを中心として、その周囲の世界に興味を持つ動機付けになることも多いし、その世界に親や教師が自ら飛び込んで行くことで、子供とのコミュニケーションを図ることも出来る。また、それを利用した教育の機会を作ることも可能である、と言うのは日米を問わずに適応できるだろう。
本書の場合、最初にも書いたように「ポジティブ」な面を強調するあまり、「どちらともいえない」と言うものをやや強引に「良いこと」と結論付けるような部分がある(害悪論は、同じものを、悪い部分と強調しているが)。新しい文化が出来ているのだから、それを理解し、それにあわせることで効果的な教育が出来る、と言うのは賛同できるが、それまでのものをただ「古く、あまり良くないもの」としてしまうのはちょっと抵抗を覚える。
その辺りについては少し、異論はあるだろうが、ゲームの持つ可能性、ゲームと付き合い方に悩む親、教師などと言った人にとっては十分なヒントになるのではないかと思う。
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