Amazonカスタマーのレビュー
・すごいです
この本はちょっとすごい。
(ヒトラーが死んでいなかったら云々……という、あらすじの紹介のしかたがちょっとまちがっていると思います。が、説明ができなかったのだろうというのも、よくわかります。)
・罪と愛
1989年のスティーヴ・エリクソンの作品。あまりの面白さにびっくりしました。知らぬ間に、ヒトラーの為のエロ小説家になってしまった男バニングの話が中核なのだが、ヒトラーのリビドーを意のままに操るという事であり、その自分の欲望が促したリビドーが世界の支配者として突き進んでいくヒトラーの行動に影響を及ぼしていく。この男が普通で無い事を示す生い立ちからの描き方、エロ小説を書く様になった契機、トラウマとその背景も克明に描かれ、男女の奔放な性も描かれ、この男もその例外では無い。やがて男は結婚し、子供も出来る。しかし、男は現実の妻や娘への愛情とも天秤にかけながら、男の欲望が擬人化された「女」と愛の行為にふける。それはマスターベーションであり、まさにピグマリオンでもある。そしてそれは読者であるヒトラーのトラウマを癒してくれる「愛人」にもなり、一人の実在の女性デーニアに歪んだ愛の権化、幻夢は襲いかかる。それは歴史をも左右する事になろうとは誰も気付かない。バニングの世紀とデーニアの世紀と途中で二つに枝分かれした並行世界が互いに親密にリンクし合う幻想小説となっている。しかし、単に男個人の「欲望」という意味だけで無く、その「性欲」が眼に見えない、この世を左右させる力を持つ「黒い時計」として影の様に、これも擬人化された文体でバニングに知覚され、デーニアには体感される幻視描写は圧巻。男の性欲をこの様に描いた小説はあまり類を見ないし、そこから発展して思想を形成している所が何より素晴らしい。全てが統一した「黒い時間」の彷徨を示しており、「隠された部屋」で巡り合う。それは人間の異性への愛の総体として表現される様でもあり、罪とは、愛とは、人とは何かを問う作品となっている。表現力も文章構成も驚嘆すべき物で、只者では無い。この作者の作品を初めて読み訳した訳者が後書きに書いている「読んでみて下さい、この人凄いですから」と。私も同感。
・時をたぐり寄せる
冒頭から読者を圧倒する鮮烈なイメージと混交するストーリーは、登場人物たちを時の狭間で翻弄する。
そして彼らがついに家路に着いたとき、歴史は語られることで生まれるのだと読者は思い知らされる。
物語への、歴史への妄想的欲望が炸裂する傑作。
祝・復刊!
・(私的)スティーヴ・エリクソンの最高傑作
このスティーヴ・エリクソン著『黒い時計の旅』は私は10年ほど前の福武書房から刊行されていたのを読んだのだけれど、そのときの強烈な印象、いやインパクトはとても一言では語れない。話の流れは錯綜し、物語(?)にとてつもない奥行きというか立体感とでもいうべきか、とにかく日本の文学では滅多に表現し切れていないものがここにある。
この『黒い時計の旅』を読みながら私がふと思ったのは、まるで誰だかわからない(そう、それは自分かもしれない)脳を切り開いていき、解剖学的にも、心理学的にも、そして精神分析学的にも、その脳の中へ吸い込まれていくような感覚です。抽象的すぎるかもしれませんが、下手にネタ(?)を話してしまうより、読中読後の感覚を理解していただきたくこのようなレヴューと相成りました。白水社から復刊して新書サイズで手に取りやすく、また文字の大きさ等、文句の着けようがないです。
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