・この「上」だけの世界で止めたい
穏やかな画風で、何気ない時間が流れて行く。あぁ、戦時下の日本も、実はこんな、まるで、ちびまる子ちゃんやサザエさんの話のような時間と生活があったんだなぁ、と、改めて市井の人々のしたたかさと明るさ、けなげさを感じ、それだけでも、ほのかに涙を誘う。
私たちも、いま幸せを感じるとき、あぁ、永遠にこの時間、この家族この年齢、この構成、このままでいって欲しい。このままずっと変わらずにいきたい。時間が止まって欲しい、と思うときがある。
そ、今の私たち、「平和な」時代にいるものでもそう思う。
そして本編の皆々も、けっして安全で平穏な時代に生きているはずではないが、あぁ、このまま時間が止まればいい、と思うほどに幸せな時間を感じる。
そして、それ以上に、史実上、彼らを待ち受ける運命を私たちは予感する。
どこの場所でもない、史実上、彼らの住まう場所が重大な意味を持っていることに、我々は気がつくだろう。
そう、だからこそ。あぁ、時間よとまれ。本当に止まれ、と、この小さな世界の片隅の生活を、どうか見過ごしてください、と。
私はいま上を読んだところで、「中」、「下」と、本棚にある。
この時間を止めることは、ただ、この上だけでやめてしまえばいい。しかしわかっている。この作品としての面白さ、そして、史実が物語ることを知っている私は、この時間を止めることはできないのだろう。
そうして、このうららかな冬の日差しを受けて、今日、「中」への時間を進めてしまうんだろ。
・オバマですら言う。「必要な武力もある」。しかし……
太平洋戦争当時、軍港で知られる広島県呉市に嫁いだ、のんびり屋の女性「すず」の物語。戦争という重しを抱えた時代ではあるが、すずは、夫や嫁ぎ先の家族、近所の人々に囲まれてごく平凡に、朗らかに暮らしている。
この作品(特に上・中巻)に描かれたすずの日常を見ていると、戦時中でも庶民はそれなりに楽しく生きていたんだなという印象を受けるが、戦況の悪化にともない、庶民の生活も変化していく。戦争は、直截的に、そして容赦なくすずたちにもその牙をむき始め、そしてついに昭和20年8月、広島は、あの悲劇に襲われることになる。
いったい、彼らが何をしたというのか。作者のいいようのない感情が、コマの間からも伝わってくる。
しかし、この作品が描こうとしているのは、決して悲劇だけではない。
おそらく、下巻の最終話がこの作品のメインテーマなのではないかと思うのだが、そこに描かれているのは、悲劇の中にも存在する「希望」と「再生」だ。
どんな状況であっても、生き延びた人間たちはその後も生きていかなくてはいけない。
ささやかな希望を見つけて「この世界の片隅で」普通に、しかし懸命に生きていかなくてはいけないのだ。
その貴重さと、それを踏みにじろうとする戦争の理不尽さを、すずたちは淡々と教えてくれる。
ノーベル平和賞受賞のスピーチで、オバマ米大統領は「必要な武力もあるということを認めるのは、人間の不完全さと理性の限界という歴史を認識することだ」と述べた。
「必要な武力もある」。その言葉を頭の片隅に置きながら、ぜひ読んでほしい作品だ。
余談だが、ちょっと意外な戦時中の庶民の生活がわかったりして、その点も興味深かった。生活史的なものに興味のある方も一読されるとよいかも。
・過去からしか学び得ない歴史
「夕凪の街 桜の国」の、こうの史代さんの作品 上、中および下巻
下巻「あとがき」の文章が総てを語っているように思います。
昭和18年から21年という日本の時代。
戦争という言葉で歴史を片付ける事はた易い、とくに戦争を知らない世代の僕らには。
歴史からしか、あるいは過去からしか僕らは学ぶことが出来ない。
未来は必ず来るが、未来は夢見れても未来からは学ぶことは出来ない。
その歴史あるいは過去を僕らは忘れてはいけないし歪曲させてもいけないと
思う。
こうのさんの作品は、淡々と戦時中の日常を描いていながら、計り知れない戦争の不条理を訴えているようにも思う。
文章では表現しきれない部分を絵で綴っている。
・圧倒的です
『夕凪の街 桜の国』こんな決定的な一冊を書いたひとに次はあるのか?その常識を見事に覆してくれた素晴らしい作品。 何ともただ呆れるばかりです 詰まらないレビューは要らない この時代この時にやっと出逢えた【奇跡】に感謝したい。 1945.8/7 母江口秀子29才 東京から天草の実家に戻る途中 原爆投下翌日 地獄のヒロシマを通過 姉5才兄3才 私は胎内でした 翌年2/18天草で出生。 時たまに お袋のその時の話を聞いて育った者にとって すずさんの〈明るさ〉は たくましく面白かったお袋の思い出に繋がり 何だか嬉しい気分になりました
江口淳(63)
・歪む心
作者のこうの先生は、戦争というものを「人の心」から描きたかったのではないかと思う。
この作品は単に戦争の暴力や惨事を語っただけのものではない。
戦争が進むにつれて様々におこる惨事によって、主人公すずの心は歪んでいく。
特に、中場から出てくる、すずの 心の声 には、心が打たれるものがあった。
町、生活、身体、命、絆、心と壊れていく中、それでもすずは健気に暮らして、愛して、愛されて、心を失わぬように生き抜いた。
よく、「戦争はいけない」とは唱えられるが、その多くは命や暴力といった外面的な(外に現れた)事でであると思う。
しかし、これは「戦争の中の暮らし」の中の、死、暴力、惨事など、に よ っ て 壊 れ て い く 心 に、内面的な(内にひめられた)戦争の恐ろしさが描かれています。
そして、その絶望の中で、心を失わず、そばにある小さな幸せを噛み締めること。
戦争のないこの時代にも大切なことが、多く描かれた作品だと思います。
是非とも、じっくりと ひとコマひとコマを味わって読んでほしいと思います。