・祖父母の戦争
私がTVでしか見たことのない戦争を、祖先は確かに経験している。
たまたま生き延びた命の末に、私がいる。
私の亡き祖父は、戦争に従軍した。小さな島で、連合軍に遭遇することなく終戦を迎えた。
それでも晩年は夢に魘され続けた。「上官殿が来る」と叫んだ。
私が中学生の時、男子生徒と下校しているところを、天気予報か何かの背景に使うと撮影された。
それを聞いた祖父は、「憲兵に捕まる」と本気で心配していた。
祖父は、戦争が人間を変えることを知っていた。
祖母も銃後で、食糧難が人間を変えることを知っていた。
平和になっても、有り余る食べ物を、他人に分け与えようと必死だった。
靖国問題が取り沙汰されるたびに思う。兵士以外の犠牲はどうなるのかと。
生き延びた人々の苦悩は、軽んじてもいいものなのかと。
戦火の下でも、人が生き、暮らしている。
戦争すら日常にして、ただひたすらに生きようとする人間がいる。
生きることは生き物の使命だ。その日常が平和の中で営まれることを、切に願う。
・どんな時代でも
3巻を読み終えてずっしりというよりは、なにかほっと暖かくなれた気がします。それはこの作品が戦争を描いたのではなく人を描いた作品だったからかなと思います。うまく言葉に表せないのですが、どんな時代、どの瞬間でもどこかに人の営みがあってそこは、この作品で描かれるような日常的な会話、喜怒哀楽に包まれたものだったんだと思います。戦争を体験していない私にとって他の戦時下を描いた作品を通してみたこの時代のイメージが少し変わった気がします。日々の小さな喜びや希望、たとえそれを摘み取られても明日を生きなければいけなくて、でもまたその先に小さな喜びがあって、そんな風なすずの生き様がすごく愛おしく感じました。そばにおいて何度か読み返したくなる作品です。
・下巻の表紙の主人公の右腕の先が
裏側のカバーの中に折り込まれているではないかと
読み終わって気がついたとき脳天を戦慄が走りました。
たまたまそうなったのか、偶然そうなったのか不明ですが
計算ずくでこのような装丁になったのだとしたら見事なものだと思います。
・うまく申せないのですが、――穏やかな、素晴らしい、作品です。
素晴らしい、素晴らしい、素晴らしい……などというより、「良く書けている」といった方が、良いのでしょうか。
どう申しあげれば良いか、適確な言葉がなかなか見つかりません。――そして、この作品の素晴らしいところは、そんな「適確な言葉」を、1つ1つ慎重に、見つけ出そうとしていることにあると思います。
2つだけ、同じことを申します。1つは、作家イリヤ・エレンブルグが第一次世界大戦について触れた有名な一節から、私の引用。「戦争中のことを後世のものは、人々が砲声と弾丸の雨に怯えて暗い生活をしていたと思うだろうが、戦争中にもやはり花が咲き、人々はそれを見て喜びを覚えたのだ」。日本人が第二次世界大戦に触れた文学で、このことが描けたものがどれくらいあったでしょうか。本作が描くのは、まさに“それ”です。
もう1つは、……うまく申せないのですが、私は、戦争を体験せざるをえなかった世代の方々から、きちんとまともにはその体験を聞くことができないで来ました。こうのさんは、その、善とか悪とか、被害者とか加害者とかにレッテル貼りしただけで結局ほったらかしにしてしまったりはしない、“本当”の戦時体験を取材し、描いておられます。それも、あくまで片意地なんて張らずに、穏やかに。
日本国民多数が敵国・米軍の残飯を啜って「美味しい!」と感じずにはおれなかった、占領中のその無残な一コマでさえ、穏やかに、ある意味では冷静に、ある意味では朗らかに、描いておられます。
今の時代だからこそ――それは、いろんな意味で申しあげるのですが――、多くの人に読んで欲しい。
自信を持って、推薦したい名作です。
・この私へとつながる道を思う物語
シリーズ最終巻で物語は昭和20年4月から終戦の翌年1月までが描かれます。
激しい空襲がすずたち家族の暮らす呉の街に降りかかります。果てることを知らぬ空爆の連続に、かろうじて生き残った人々の心の糸もいつ切れるかと思わずにはいられません。
そして、戦争で命を落とさなかった人びとはそのことを喜ぶいとまを与えられることなく、今度は戦争を越えて人生を歩み続けなければならないという、当たり前でありながらも過酷な現実を目の当たりにしていきます。その現実を生きるすずたちの姿を見るにつけ、あの戦争を生きた人々の心の傷跡が痛切に伝わってきます。
この物語は最終巻で確かにひとつの区切りを迎えていますが、その先の昭和から平成の今日まで、「世界の片隅に」生きる人々へとつながる道が確かに感じられる物語になっていると思うのです。
そして今を生きる身からひるがえって見るならば、私が生きるこの道の背後に、こういう物語が「世界の片隅に」確かにあったということを忘れずにいたい。そのひとことに尽きるのです。