・なぜ広まったのかが分かる
オオカミ少女の話は,おかしいと指摘されていた。
オオカミの生態に詳しい人達からだ。
ここでは,さらに心理学の立場から,原典に当たりそれがどうねじ曲げられて広められたかが詳しく書いてある。
どのようにして怪しい話がもっともらしく信じられていくのか,その過程が分かる本。
特に,大学でアマラとカマラの話を聞いた人には,是非読んで欲しい。
・新たなる神話の誕生
psychologyはその由来をギリシア語で魂や息を意味する言葉psykheに持つ。
息を吐くように嘘をつく、そんな実情を予知するかのような語源ではないか。
「ターゲットとするのは、現代心理学に亡霊のようにつきまとういくつかの神話である。 ……
ここでは、心理学のなかのそうした神話のいくつかを叩き割ってみる。もしあなたがそれらの
神話をこれまで疑いもせずに真実だと信じてきたのだとしたら、あなたのなかの常識は
音を立てて崩れるかもしれない。加えて、神話とまではいかないが、心理学におけるいくつかの
準神話的な話も紹介し、それらの検証も試みてみよう」。
「どうすれば、こうした神話の呪縛から逃れ、ウサン臭さを払拭できるだろうか。答えはひとつ。
論理的にものを考える以外にない。……そして原典にあたること。噂に頼らぬこと。疑うこと」。
筆者自身によるこの結論部は何も心理学に限らず、およそscienceを志向するものが等しく
目指さねばならぬところ。メディアや教科書といったもののデタラメぶりもその通り。
ただし、私としては、本書に含まれる誇張とも取れる表現の数々がやや気にかかる。
例えば表題、『オオカミ少女はいなかった』。ところが、筆者が批判と否定を加えるサンプルは
限りなくアマラとカマラの一例だけで、一方で「野性児の事例は確かに存在する」と認めているにも
かかわらずこの有様では、「オオカミ少女はいなかった」との新たな神話を構築するにすぎない。
言語相対仮説を「言語を介してはじめて知覚は可能になり、明瞭になる」との立場と説明した後、
「なにをバカなことを言っているのだろう」とかます。確かに、固有の感覚機能などを無視して、言語
一元論で説明を与えようとするのは「バカ」との謗りもやむを得なかろうが、そんな極論を引き合いに
出して罵りつつも、一方では「弱い形の言語相対仮説も誤りではない」とも言う。「それぞれの言語に
おいて名称や表現がはじめは恣意的に作られ」と恣意性を強調してこの仮説を定義しているが、
現代においてここまでエキセントリックな主張をしている論者というのもマイノリティだろうに。
むしろ疑問視されるべきはこの定義の恣意性の方である。私の立場からすれば「なにをバカなことを
言っているのだろう」と返す他ない。これではインパクトを狙って極端な結論を欲する捏造まがいの
クソメディアと何も変わらない。
傾聴に値する観察は含まれている。ただし、それ相応のリテラシーをもって本書に臨まない限り、
新たな神話の手助けともなりかねないことは警告しなければならないように思う。
・白と黒の狭間を見せてくれる冒険の書
おそらくどんな科学の領域であっても、本題の枕として用いられる小ネタがあるのだと思います。オオカミに育てられた少女やワトソンとアルバート坊やの話題などは、心理学関係書においては強力なツカミネタと言えるでしょう。本書は、そのような使われ方を多くされる「神話」的なトピックスの真偽を再検討しています。
過去の研究の実体を明らかにすることは容易ではありませんが、本書では一次資料を検討したり、著者自身の実験結果を織り交ぜたりすることで、一般に信じられている神話と現時点で推測される現実の姿とのギャップを示します。その結果、極めて黒に近いグレーから白っぽいグレーまで、あるいは実は別の色だったなどという事もあり、驚きと共に一気に読めてしまいました。
この本では、表題でもある「オオカミに育てられた少女」について、研究の大部分が事実ではないと判断しています。注意すべきは、だからと言って他の野生児研究も信用ならないと考えることは短絡的だ、ということです。これは他のトピックスについても当てはまります。白と黒をはっきりつけたいのは人の性と言えるでしょうけれども、十分な検証の前に極論に陥ることこそ著者が戒める一つであると思います。なぜなら、読者にとっては本書も一次資料ですらないのですから。
あとがきに、本書を書き上げるまで8年かかったと書かれています。興味を惹く話題が丹念に追跡されており、時間がかかったことも頷けます。とてもスリリングな、タイトル通りの「冒険」の書です。
・手軽に読める暇つぶしに良い本
本書に記載されているようなことが、他の自然科学系の学問で起こらなかったかというと、近くでは韓国でのES細胞ねつ造事件でもわかるように、特に珍しいことではない。
しかし、心理学を学び始めた学部生であれば、この程度のスキャンダルは知っておいて欲しい。この手の記事は、それぞれに単行本や論文で発表されているので、まとめて知るには、手頃ではある。
著者の原著を当たっていればという指摘は、当を得ている。なぜなら、心理学事典の記述など、かなりの部分が、外国の文献の翻訳で占められているからである。手軽に読めて暇つぶしには、ほどよい本である。
・で、いったいどっちなの?
大変おもしろく読みました。特に「オオカミ少女」については、大学時代に講義で聞き、本物であると信じていたので驚きでした。と、思っていたら、このレビューの中に心理学の学者さんらしき方が、否定的な意見を書かれていたのを発見しました。そちらの方のお話もとても説得力がありました。結局「オオカミ少女」はいたのでしょうか?いなかったのでしょうか?
ちなみに、この著者がいる大学を昨年卒業した友人が「私、大学でオオカミ少女がいるって教わったけど・・・」とつぶやいておりました。